12/02浜松江之島高で未来授業実施しました。

 今回は学校側からの特別な授業テーマに応じて、無線の体験交信は行わず、「仕事の理念に私は如何個性を発揮したか」と言うテーマで講義を行いました。高校生の皆さんがどんな基準で仕事を選び、どんな事に留意をして働くか人生の生き方の参考になるように、講師自身が如何いう考えで好きな職業を選び、実際に企業で挫折し、どう立ち直って活躍したかと言う話をしました。
 先ずは自己紹介として中学2年の頃に始めた海外短波放送の日本語番組受信のBCLの趣味から外国や外国語に興味を持ち、高校生になるとアマチュア無線を始め、好きな事は何回挫折しても継続することが出来た例として英語、ドイツ語、スペイン語等のNHK各種外国語ラジオ講座を聴いていた話をしました。その頃は将来は動く機械の設計者になりたいとか、仕事で海外に行ってみたいとか思っていました。電気通信工学と機械工学を別々の2つの大学で学び地元浜松で好きな職種の仕事に就きました。しかしそれが9年で仕事時間が毎夜まで長く挫折して退職して、初めて欧州11か国単独旅行後に一旦は学校の講師になりました。
 しかし、学生時代の夢は捨てきれず再度元の会社に入社し直して頑張った変人なのです。ここで少し生徒からは笑いが出ました。戻ったからと言っても仕事のやり方や環境は変わらず困っていたが、私は徐々に仕事のやり方を皆とは変えていったのです。やがて好きなアマチュア無線の通信方式を大規模自動車生産設備の通信制御に活かす事が出来たり、海外自動車生産設備プロジェクトの設計主務者として数多くの海外出張で臆することなく大活躍が出来ました。個性を発揮して仕事の理念に適応出来た要因として、仕事は好きな事を活かせそうな職種を選んだ事や、学生の頃から学校の授業とは別にNHKラジオ外国語講座活用というマイナーな事も継続的努力をして身に付いた特技や個性が自らを助ける事になりました。こうして仕事の理念に個性が発揮出来たのです。
再入社して定年までに仕事を含めて45か国に行き、定年後も欧州巡礼自転車旅行に出掛けて現在まで54か国を歴訪している原点は案外中学2年頃に夢中になったBCLなのかも知れません。
 また上手くいかない事があっても自分ばかりを責めるのではなく、仕事のやり方には従来方式に捉われずに、このようにやり方を変える必要がある等と考えると良い。日本人は勤勉だがドイツ等と比べると時間効率が相当に悪いので、「必要は発明の母である」という英語の諺を引用して、仕事のやり方を個性を生かして効率的に変える価値観を強調してみました。
 また失敗から立ち直る秘訣も大事です。失敗は成功のもとと言う考え方や失職してハローワークでの職探しで落ち込み極度の精神不安という精神病からどう立ち直ったのかという貴重な復帰体験も話してみました。そんな時はESS 早い時期のごく小さな成功体験を積んで自分に自信をつけていく事が大事ですね。それは従来の仕事のやり方を自分に合った仕事のやり方に徐々に変えてはプチ成功体験を積んでいったのです。複数の大病院の精神科医から重症と言われて直立歩行も出来なかった人間が僅かその5年後には海外の大プロジェクトの設計主務者となっていたのですから。
 最後にIT・AI時代に求められる人間像として、人から指示が無くても自分らしさを自ら発揮できる自律性の高い人を目指して欲しいので、杉原千畝や中村哲や緒方貞子が如何立ち向かったかを調べて欲しいと言って講義を修了しました。🦭

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