日本では一般的に放送を受信するための専用機器を「ラジオ」と呼んでいますが、英語の「radio」の意味はさらに広域で、電波の送受信を行う無線通信の機器や装置も含まれます。
浜松ラジオ倶楽部は、全てのラジオ愛好家が集い楽しむ事をクラブのポリシーとしていますので、アマチュア無線の有資格者だけでなくライセンスフリーラジオで無線運用を行う方や海外の短波放送の受信を楽しまれるBCLの方も仲間として迎え入れさせて頂いております。
こちらで簡単にライセンスフリーラジオとBCLを紹介します。
■ライセンスフリーラジオ
無線従事者の免許証の保有を前提としない無線機やその利用者の名称です。
年齢もスキルも問われない、不特定多数との交信が容認される業務用無線機を使用します。
・市民ラジオ 27MHz(8chを割当)0.5W アンテナ交換不可
・デジタル簡易無線 351MHz(82ch+15chを割当)5W アンテナ交換可
・特定小電力 422MHz(単信/復信で47chを割当)0.01W アンテナ交換不可
・デジタルコミュニティ 142/146MHz(18chを割当)0.5W アンテナ交換可
それぞれ電波の飛び方が異なるため、アマチュア無線界の常識や理屈など通用しない面白さが有ります。詳しい事は、ライセンスフリーラジオが専門のJG2PLR局のホームページでご確認下さい。
■BCL
海外の放送局による国外に向けての広報の他、宗教の布教を目的として行われる短波を使った放送を受信します。昭和50年代に日本向けの日本語放送が数多く有った事からBCLが空前の大ブームとなりました。それは当時の家電メーカー全社が短波放送の受信に対応したBCL用ラジオを販売するくらいでした。下段に往年BCLラジオを紹介します。
その後ブームも下火となり現在は日本でBCL用ラジオを販売するメーカーも無くなりましたが、中国のメーカーを中心にDSPと呼ばれるLSIチップを搭載した高性能で安価なBCL用ラジオが販売された事を機に再びBCLが楽しめる環境が揃ってきてます。さらにパソコンを受信機になるSDRというパーツも出回って受信愛好家もさらに増加中です。
現在も安定して受信が可能な外国からの日本語放送を紹介します。夜間中波は普通のAMラジオでも聞こえます。
・RTI(Radio Taiwan International)毎日17-18、20-21(再放送)の9740、11745KHz等安定しています。
・KBS(韓国ワールドラジオ)毎日10-11、18-19、20-21の1170、6155、11810KHz等で夜間中波は強力
・中国国際放送 毎日7-9、19-22の1044、7325、9440KHz等で夜間中波は強力です。
・ベトナムの声 毎日20,21,23時から30分間で9840,12020KHz等で日本向けの番組構成が充実しています。
・KTWR(グアム)日曜日 21:15~21:45 9.975KHz
・モンゴルの声 毎日19:30-20:00 ,00:00-00:30で12015,12085KHz等で素朴な語り口が人気で独特な情報発信
・タイ国際放送(ラジオ・タイランド)毎日 22:00~22:15 9.385KHz
・NHKワールドJAPAN(国際放送)は日本語と英語を含め全17の言語でニュースや番組を行っており語学学習に良い。
浜松ラジオ倶楽部は、クラブ員同志の交流によりライセンスフリーラジオやBCLも楽しむ方が増えています。ぜひ、未経験を経験に変えてみましょう!
令和の市民ラジオ 西無線研究所 NTS115

SDRを接続したパソコンでKTWRを受信しています。

■TODOが使った往年のBCLラジオ

SONYのICF-500(1968年5月21日発売)
小学校6年生の時に発売された通信機並みのラジオで短波は18Mhzまで聞けたが¥25800の高級機で、当時の大卒初任給並みと高嶺の花であった。中学校に入って友人が浜松の遠鉄名店ビルの5Fにあった日光電波のショーウィンドウで発見して以来、毎日一緒に眺めているのが精一杯であった。友人はもうすぐこの廉価版のICF-500Sが発売されるからと言って、お年玉が貯るのを待っていた。中学1年の1970年2月にそれは発売となり友人はそれを買ってBCLを始め出した。まさしくこれが日本のBCLラジオの草分け的存在。その約1年後の中学2年生の1971年3月にはICF-1100 THE11が発売された。

TODOはその1971年11月に発売となったTHE11の完成モデルICF-1100Dをやっと買う事が出来た。中学2年で同クラスとなった友人は、学校で昨夜は何処何処の放送局を聴いて受信報告書を出したとか毎日自慢しあっていた。何せ彼は凄い、周波数が直読出来ない当時のラジオでは大体の周波数と時間を調べて、番組開始時のインターバルシグナルの音楽を聴いて局名を探すというのだ。ろくに英語も聞き取れないでも、何時何分には男性アナウンサーが話していて何時何分にはラテンのタンゴの曲が放送されていたとカタコト英語の単語を並べて受信報告書を、聞こえて見つけ出した海外短波放送局に片っ端から送り付けているのだから半端では無かった。Todoより1年早く始めた彼は相当数のベリカードを持っていた。
さてICF-1100Dを買ったTODOは彼とは異なり何せ12MHz以下の短波しか聞けずに勝負にはならない。高周波アンプの簡単なICは当時のラジオでも有数の感度を誇っていたがICF-500を超える受信性能では無かった。だが笑える事にこのモデルFMトランスミッターが付いており、私がワイヤレスマイクを作って彼に渡すと簡単な無線交信が出来た。TODOが良く聴いたABCラジオオーストラリアの「笑いカワセミの鳴き声」、DW(DeutcheWelle)「フィガロの結婚」、南米エクアドルのアンデスの声放送局「サクラ、サクラ」のインターバル信号から局を探し出して、強いフェージングのある微弱な日本語放送の電波をワイヤーアンテナで拾い集めて聴いていた。これを受験勉強3年生頃にヘッドホンを掛け毎夜やっていたのだった。
なにせ当時のラジオとしては選局時に針が動かず、周波数記載フイルムがダイヤルで回す方式なので使い勝手は良かった。
日本語放送が終わるとそれぞれ英語、ドイツ語、スペイン語の現地語放送になるがそれにTODOは興味を示し出した。散々日本語放送でその国に憧れて行ってみたくなるのだが、全く現地語が解らず難易度が高そうだった。
高校入学の4月から何とNHKドイツ語ラジオ講座を聞き出し、高校2年からはスペイン語ラジオ講座も聞き出した。英語は短波の百万人の英語「EnglishAge」を夜な夜な聞き出す始末で、結局BCLがきっかけで外国語に興味を持ちだした。そして高校2年の7月からは2mでアマチュア無線も開局した。高3で2mにでていたら地元のOMから受験勉強しないと学校に入れんぞと言われる位無線が好きだった。大学1年の1974年の沖縄海洋博に行って、南米コスタリカのパビリオンで初めてカタコトのスペイン語で女性と話すことが出来たのが嬉しかった。結局BCLで使ったICF-1100DがTODOのその後の世界観を広げる記念モデルなのだ。だが、大学2年時の山仲間がどうしても欲しいというので易く売ってしまいました。

1975年(昭和50年)大学2年時に発売となり購入した画期的なスカイセンサーICF-5900
中学生時代のBCLの友人が同じ大学に入学して来たので、このモデルを買ったと言ったら彼も即座に買ったのが笑えます。
何せダブルコンバージンでクリスタルマーカー積載で10kHz直読可能、プロダクト検波付きでジェネカバ付きだから、アマチュア無線のHF交信が聞けるから笑えます。専用の外部アンテナ接続端子もあります。これで各短波放送局はいとも簡単に待ち受け受信が出来る様になった。日本のBCL人口は一挙に増えた事もあり、DWドイチェベレは地中海のマルタ島やスリランカにも中継所を開設して信号も強力になった。だが、聞こうと思えば何時でも聞ける時代になると、昔の様に電波を探し拾い出して了解出来るスキルはあまり向上しないかも。先日国内7MHzでコンディションが悪い時に地元局から「何故あの中で相手の話す内容が解かるのか、相当ワイヤーアンテナSWR良いのかな?」と言われた事があるが、アンテナは逆Vフルサイズを折り曲げて張っている位だから皆さんよりハンデがあるが、ICF-1100D時代にヘッドホンを掛けて微弱な電波を聞き出す癖があったからだろう.
社会人になっても比較的音が良いので、野外使用やヨットに乗る時等でも活躍しました。その後故障して自分で直せず廃棄。

1993年発売のSW30は海外出張時に活躍した。
就職して37才頃に買ったPLL周波数表示直読の小型廉価モデルです。35才頃から仕事で各国出張時に携帯してアパートやホテルで良く使ったモデルです。やや使い勝手は悪かったがまあ廉価モデルなので仕方ない。この頃からあまり国内モデルはそう欲しいものは無くなってしまった。息子が中学生になった時に記念にプレゼントしちゃった。